弁別刺激
彼はデパートの5Fフロアで、わき目も振らずにある探し物をしていた。
それは、あいにく4Fにはないものであった。
「うう…もれそう…」
数あるショップを通り抜け、ようやく探し当てることのできた男性用トイレの表示があるドアに入り、彼は無事に用を足すことができた。社会人として大人として、彼は大切なものを探していたのであった。
この場合、行動は「ドアに入って用を足す」ことであり、その結果「尿意がなくなる」ことであると考えられます。しかし、こうした随伴性は、どんな状況でも強化される訳ではありません。つまり、女性用トイレしかない4Fでは行動はまず自発されず、男性用トイレのある5Fで、しかも数あるドアのうち、男性用トイレの表示のあるドアにしか自発されないものでした。この例でいう男性用トイレの表示(のあるドア)を、弁別刺激といいます。
弁別刺激(SDとも表現します)とは、その刺激がある時には特定の行動が強化されたり弱化され、その刺激がない時(S△とも表現します)にはその行動が強化も弱化もされない刺激とされています。彼の場合、女性用トイレの表示は行動を弱化するSD、男性用トイレの表示がないドアは行動に影響を与えないS△であると考えられます。
さて、日常生活の様々な場所にあるトイレの表示は、ほとんどと言っていいほど全く同一のものはありません。例えばシンボル・イラスト・色・文字などなど、その要素の組み合わせによって無数のトイレ表示が存在します。それでも私たちがこうした刺激を弁別できるのはどうしてでしょう?
その理由は、行動のきっかけとなっているのは特定の刺激ではなく、刺激クラスであるためです。刺激クラスとは、何らかの共通特性をもった刺激の集合と考えられています。そのため、「GENTLEMEN」の英語が読めない男の子でも、他の共通特性(例えば青い色)をきっかけとして弁別していると考えられます。
この刺激クラスは、概念としてもとらえることができます。概念には、例えばカテゴリー(動物や食べ物)、関係(大小や位置)などが含まれています。
【動画の説明】
異同(同じものと違うもの)についての概念形成を行っています。
対象児の目の前に8枚のカードを裏返して並べた上で、交互に2枚をめくり、「○○と○○は…(同じ場合)」あるいは「○○と△△は…(違う場合)」と尋ねました。標的行動は、2枚のカードが同じであれば「おなじ」、違っていたら「ちがう」という言語反応です。標的行動が正反応であった場合に指導者は言語賞賛を与え、誤反応であった場合には正反応のモデルを示しました。また、2枚のカードが同じであった場合、そのペアを対象児の手元に置きました。
この指導では、無誤弁別手続きを導入しています。無誤弁別学習無誤学習あるいはエラーレスラーにングともいう。ヒントを出したり介助をすることによって、誤反応せずに正反応を導き出せるようにして、さまざまなスキルや行動を教える方法。(エラーレスラーニング)は、SDに対する反応のみを強化した上で、徐々にS△を導入する手続きです。つまり、指導中に対象児に誤反応をさせることなく、弁別を成立させる(刺激)フェイディング手続きです。
指導の最初の頃は、対象児は「おなじ」「ちがう」の弁別に困難があるようでした。そこで、2枚のカードが同じだった場合に、指導者は「おなじ」という言語反応と同時に「親指と人差し指を開いた状態から、2本をくっつける」動作を示し、対象児に「同じ」の音声模倣を促しました。その後、指導者は徐々に言語反応や動作の反応型を簡単なものにし、言語反応「お…」や動作「2本の指を目の前に出す」ことで、対象児が自発的に「おなじ」という言語反応を促すよう指導しました。
同様に、「ちがう」に対しても同様の指導を行いました。「ちがう」の場合、指導者は「顔の前でパーにした手を横に振る」動作を示し、プロンプトを与えました。
こうした手続きの結果より、対象児は「おなじ(ちがう)」という言語反応と概念とをマッチングし、概念形成を達成したと考えられます。
すばる