実践例:常に暴言を吐いている
ワークシート1:(基礎情報)
おわかりになる範囲でご記入ください。
年齢 | 16歳(高等部1年) |
性別 | 女 |
診断名 | 知的障害(療育手帳A) |
所属 | 特別支援学校 |
知能検査 | 療育手帳A |
特徴 | 中学1年、2年は中学校の特別支援学級に在籍し、支援籍で特別支援学校に月1回来校していた。小学校時代も、定期教育相談で週に1回特別支援学校に来校しており、友達や先生に自分から話しかけ、活動にも参加していた。中学2年のときから、様子が変わり始めた。所属校へ登校しても「帰りたい」と泣き叫ぶようになったため、毎日午前中に母親にお迎えに来てもらうという対応をとっていた。その頃、支援籍でも独り言や他害、泣き叫ぶという行動が常時みられ、集団活動や個別指導への参加が難しかった。中学3年になり、特別支援学校へ転学した。転学当初は、朝登校するなり「帰りたい」という要求が始まり、床に寝転がって泣き叫んだり、自分の頭を叩く、周囲の大人や児童生徒へつねる、叩く、蹴る等の他害があったりした。その場合は、落ち着くまで待ったり、保健室へ行ったり、1対1でおしゃべりをしたりして対応した。徐々に自立活動や音楽の授業には参加できるようになった。3学期には、1日の中で不安定になることはよくあったが、「帰りたい」という要求でのパニックは少なかった。お母さんと「朝マラソンを頑張る」ということを約束したので、みんなから遅れても参加できるようになった。特定の友達への他害はあったが、その他の友達や教員との関わりを楽しめるようになった。
高等部へ進学すると、すべての授業へほとんど参加できるようになり、「帰りたい」という要求がみられなくなった。しかし、小学校時代からあった独り言が目立つようになった。歩いているときや着替えているとき、授業中等ほとんどの時間に、「○○はバカヤローなんだよ。あいつが・・・」等と大きな声でその場にいない自分に関係のある人の話をしている。その話をしているときは、興奮して机やドアを叩くなど、行動が荒くなる。また、話しながら大泣きするということがある。「○○さんはチョッキンだね」と担任が話し、話を切り替えるように促す。そうすると、話を切り替えることもあるが、終わりにすることができずに話し続けることも多い。「声が大きいから、1の声にしよう」と声かけすると小さい声にできることもあるが、すぐに大きい声になる。 |
ワークシート2:(MASDurand とCrriminsが1988年に発表した、行動問題の機能を探るための質問紙。16の質問項目からなり、7段階のリッカートスケールで評価を行う。評価の結果をもとに、物や活動の獲得要求、注目要求、逃避要求、感覚要求の4種類の機能のいずれが当該行動の機能である可能性が高いのか、推測することができる。主観的な評価ではあるが、信頼性や妥当性が確認されている。)
お子さんの 暴言 という行動について、MASの採点結果
感覚要因 | 逃避要求 | 注目要求 | 物や活動の要求 | |||||
1. | 2 | 2. | 2 | 3. | 1 | 4. | 1 | |
5. | 2 | 6. | 1 | 7. | 1 | 8. | 1 | |
9. | 0 | 10. | 2 | 11. | 2 | 12. | 1 | |
13. | 1 | 14. | 1 | 15. | 3 | 16. | 2 | |
合計= | 5 | 6 | 7 | 5 | ||||
平均点= | 1.25 | 1.75 | 1.5 | 1.25 | ||||
順位= | 1 | 1 | 1 | 1 |
ワークシート3:(行動問題の特徴)
気になる 暴言 という行動について以下の質問項目にお答えください。特に何らかの傾向がなかったり回答することが難しい場合は無記入でもかまいません。
1. | その行動はいつ起こることが多いですか? | 常時 |
2. | その行動はどこで起こることが多いですか? | 家庭、学校、学童等どこでも |
3. | その行動は誰に対して、あるいは誰と一緒のときにおこることが多いですか? | 誰とでも起こる |
4. | その行動は何歳くらいから始まっていますか? | 独り言はあったが、攻撃的な独り言が目立ってきたのが中2の頃から |
5. | その行動はどのくらいの頻度で起こりますか? (たとえば、1日に2,3回、1時間に1,2回、1週間に1,2回など) |
会話をしていて違う話題で盛り上がっているときやTが話しているとき等は起こらないが、何かしながらでも起こる |
6. | その行動はどのくらいの強さで起こりますか? (たとえば、隣の部屋に聞こえるくらいの声、叩いたところが青くなるくらいの強さなど) |
大きな声のときもあるし、普通の会話をしているような声のときもある |
7. | その行動が起こっている様子を具体的にご記入ください(「他害」というのではなく、頭を自分のこぶしで叩くなど) | 独り言(暴言)。内容は、その場にいない、自分に嫌な思いをさせた人の事。自分がされたのではなく、友達がされたことも嫌だった内容に含まれる。例:「○○が~をして嫌だったんだよ。バカヤローなやつなんだよ」 |
8. | その行動に対して、どのように対応しますか? 該当することに○をしてください |
○放っておく・要求しているものを渡す・好きなことをやらせる・○その場から離す・注意する・○クールダウンのための手続きをとる(具体的には、休憩スペース行くか聞き、選択したら連れていく)・その他(違う話をもちかけ、それでもダメであれば話を一通り聞いてから、違う話をもちかける。「チョッキン」で話を終わりにさせる。興奮状態であれば、どうしたいか本人に聞き、「先生とお話したい」と言えば、時間をとって話を聞く。) |
9. | その行動は上記の方法で収束しますか? | 収束する |
10. | その行動はどのくらいの時間続きますか? | すぐに収束したり、少し時間がかかったりする。しかしまた繰り返される。 |
11. | その行動と関連していると思われる項目があれば、○をして具体的に記入してください。 | 体調( ) 疲労(興奮して話し切った午後になると、頻繁に 起こらなくなることもある。) 服薬( ) 音( ) 睡眠( ) 食事( ) 集団の大きさ(個別でも、集団でも起こる) 指導形態など(個別でも、集団でも起こる) |
12. | お子さんが特に興味や関心の高いことは何ですか?また、こだわりはありますか? | 人の事(特に赤ちゃんが好き)、薬や病気の事 |
13. | お子さんが苦手なことや嫌いなことはどんなことですか? | 全く知らない人に見られること「ガン見するな」「仕事の邪魔だ」、作業的な課題、触られること |
14. | お子さんの主となるコミュニケーション手段は何ですか? | 言語 |
15. | 左記の項目において、お子さんの好きなことがあれば、具体的にご記入ください。 | 遊び(会話 ) キャラクター( ) 歌手(キロロ、ゆず、スピッツ ) 食べ物(もずく ) 趣味(サイクリング、スイミング、ピアノ ) その他(以前は、DVDプレーヤーを持ってきていた) |
16. | お子さんが人とのかかわりで喜ぶことはどんなことがありますか?先の項目において該当することがあれば具体的にご記入ください | 拍手・ハイタッチ・握手・くすぐりなど 遊び( ) 賞賛(ほめるとにっこり笑う ) お手伝い(1学期は喜んでやっていた ) 儀式的なやり取り(決まった人に「バーン」と鉄砲で撃つマネをする) お出かけ(プール ) お小遣い ( ) その他( ) |
ワークシート6:(FAOF)
ワークシート8:(頭の中のアセスメント)
ワークシート9 ABC分析
きっかけ | 行動 | 結果および対応 | ||
---|---|---|---|---|
授業中 | → | 暴言 | → | ・先生が近くに行き、「~さんの話はチョッキン」と言う
本児としては |
本児の暴言という行動は、「注目」を求めて起こっている場合が最も多いと推定される。さらに、本児は授業参加への困難さを以前から有しており、現在は暴言を言うことによって先生からの「注目」を得ることで、結果としてやり取りを行う場面が生じ、一時的ではあるが、活動から「逃避」することができている。そのことも暴言が維持されているひとつの要因として考えられる。
従って、暴言の低減を図るための支援にあたっては、次の2点が主要な柱として考えられる。まず1つめとして、他者からの「注目」を獲得するための手段としての暴言の効力をなくしていき、楽しい話題を通したコミュニケーションを増大させていくことである。次に、授業場面において、本児は先生とのやり取りを挟むことによって、授業に参加することへの負担を自ら軽減しているようである。そのことから、2つめとして、大声での暴言を別の行動(コショコショで話す)に置き換えることで、先生とのやり取りも保障しつつ、少しでも適切な形で授業に参加できるようにしていくことが必要である。以上の2点を柱とした支援を行い、望ましいコミュニケーション行動や授業参加への姿勢を形成していく中で、暴言の低減を図ることができるのではないかと考える。
支援の方針
〇授業以外の日常生活場面では、暴言ではない望ましい言動を強化し、暴言の頻度を低減させていけるようにする。
〇授業場面においては、大きな声での暴言に替わり、先生に対する“コショコショ話”をする行動ができた場合に、先生とのやりとり、つまり「注目」の獲得と一時的な「逃避」ができるようにする。そのような支援の中で、適切な授業参加への姿勢を形成していけるようにする。
1. 生活全体を通して、暴言以外の望ましい言動を増やす。
2. 授業場面では、暴言は大きな声ではなく、“コショコショ話”で伝える。
1に対するアプローチ
授業以外の場面で、本児が暴言を言った場合、「先生、その話は好きじゃないな。△△の話(本児の好きな話題)を聞かせて」という。逆に、本児が友達を褒めたり、楽しい話題について話したりした場合は、「もっと聞きたい」と言って、うれしいそうな反応を示すようにする。
きっかけ | 行動 | 結果および対応 | ||
---|---|---|---|---|
授業以外の場面 | → | ・楽しい話をする
・友達を褒める |
→ | ・先生が「先生その話好きだな。もっと聞かせて」と言う
・先生が「○さん、それはすごくいい言葉だね」と褒める 本児としては ・先生に喜んでもらえるし、話を聞いてもらえる |
→ | 行動 | → | 結果および対応 | |
暴言 | ・先生が「先生その話は好きじゃないな。△△の話(本児の好きな話題)を聞かせて」と言い、暴言が続くときは応答しない
本児としては ・暴言を言うと、先生がうれしそうではないし、聞いてもらえない |
2に対するアプローチ
授業が始まるときに、MTが「○さん、もし嫌なことを思い出したら、□□先生(ST)のところに行って、コショコショ話でお話ししてね」と約束事として伝える。その行動が起こらずに暴言が続く場合、適宜MTが約束事を伝える。
きっかけ | 行動 | 結果および対応 | ||
---|---|---|---|---|
授業中 | → | 暴言を言いそうになったら(逃避したくなったら)、先生のところへ行き、コショコショ話で伝える | → | ・STが話を聞いた上で、「よく言いに来れたね」と褒める
本児としては ・先生に話を聞いてもらえて、声もかけてもらえる ・褒められる |
→ | 行動 | → | 結果および対応 | |
暴言 | ・STが本児の近くに行き、手でストップの合図をしてから、自分の耳を指さして、コショコショで話すように促す
本児としては ・コショコショ話でなければ先生に話を聞いてもらえない |
間接的なアプローチ
本児は周りの人から受けた言動を、事実に反して否定的に捉えてしまうことがあり、それが暴言の内容に加えられていくことがある。そのことから、本児は状況を把握する力の弱さがあると考えられる。日常的な支援として、周りの人の言動に対して誤った解釈をしそうな場面では、周囲の大人が適切にその言動が起こった背景など、状況の説明を行うようにする。また、下記の例のような学習を設定していくことで、適切に状況を把握し、その上で自分の行動を決定していく力を身につけていくことも有効だと思われる。
【教材例】
本児の日常に起こりそうな場面を想定した、①~③のカードを順に見せながらストーリーを話していく。その後、本児に相手がどのような理由でそういう行動をとったのかという質問と、その後本児がとるべき望ましい行動について質問をする。本児の実態に応じて、質問では答えを選択肢で呈示して、適切な答えに導けるように工夫をする。そして、再度ストーリーと望ましい行動について質問をし、答えられるようにする。
〈場面1:先生に話しかけたけれど気づいてもらえなかった〉
〈場面2:友達が怒ってしまった〉
〈場面3:授業中に知らない人がきた〉
〈場面4:友達にじっと見つめられた〉
ポイント
授業への参加に困難さを有していた本児が、徐々に様々な授業に参加できるようになってきたという経緯から、暴言によって注目してもらい、受け止めてもらえるというこれまでの対応は、本児にとって安心できる、人間関係や環境を広げるために必要な支援だったように思われる。そのことを踏まえ、暴言の低減を図るための支援においては、これまで暴言によって得られていたものを、別のより適切な行動に置き換えても、同じように得られるように計画する必要があった。その際、本児の負荷が大きくならないよう、もう既にみられる別の行動(コショコショ話で伝える方法や、楽しい話題を話すこと)を取り入れて、支援計画を作成した。
ちえちゃん