実践例:大声で独り言を言い続ける

実践例:大声で独り言を言い続ける

ワークシート1:(基礎情報)

年齢 18
性別
診断名 知的障害
所属 特別支援学校
知能検査 療育手帳A
特徴 発語があり、2語文から3語文程度で自分の要求を伝えることができる。
小学校は普通学級に在籍しており、学級の中では静かに座って過ごしていたようである。中学校では、特別支援学級に在籍し、そのころから言葉が増えてきたということである。高等部より特別支援学校に入学した。歌が大好きで、入学当初はよく歌を口ずさむことがあった。高等部1年の後半になると、独り言がみられるようになってきた。2年生になると常に独り言を話すようになり、高等部3年となった現在もその状態が続いている。具体的には、朝登校してから、帰るまでの間、常に大声で話し続け、注意されると数秒固まるがすぐにまた始まったり、興奮していて注意にも気づけなかったりもする。高等部3年になって家でも大きな声で独り言を話すようになったということである。
本児は、身辺自立している。物の配置ややり方にこだわりがみられることもあり、きっちりものごとをこなすことができる。そのため、常に教員が一緒に行動するわけではなく、一人でいるときも、しゃべりながら身支度をしたり、作業をしたりという様子である。周囲の対応としては、注意しても止まらないということで無視をすることが中心的な対応であるが、声が大きくなりすぎて周囲への影響が大きい場合は、注意をしたり、教員が近くに座ってみたり、その場から離して散歩をしたりと試行錯誤している。本人は、「授業には参加しなくてはいけない」という気持ちがあるのだろうか、その場から離れるという対応をとると「戻る」と言い、みんなと一緒にいることを望む。
また、教科の学習に限らず、生活の様々な場面で何かに取り組む前に「教えてください」「こう?」と確認することがあり、間違うことを不安がる傾向がある。高等部2年生のときは、一人でできることでも「教えてください」という要求が頻発することへの対応をとったこともあったが、現在は必要な場面のみで要求できている。高等部3年になってから現場実習や修学旅行前に給食をほとんど残すようになった。それまで給食はかきこむ様に早食いで完食していた。また、「(この授業は)何時まで?」と作業的な苦手な活動のときは、教員に確認することが多い。「~先生、一緒に行ってください」等と言って、先生と一緒に行動したり、活動したりすることを求める。

 

ワークシート2:(MASDurand とCrriminsが1988年に発表した、行動問題の機能を探るための質問紙。16の質問項目からなり、7段階のリッカートスケールで評価を行う。評価の結果をもとに、物や活動の獲得要求、注目要求、逃避要求、感覚要求の4種類の機能のいずれが当該行動の機能である可能性が高いのか、推測することができる。主観的な評価ではあるが、信頼性や妥当性が確認されている。

(教員1)

お子さんの 独り言 という行動についてのMASの採点結果

感覚要因 逃避要求 注目要求 物や活動の要求
1. 2. 3. 4.
5. 6. 7. 8.
9. 10. 11. 12.
13. 14. 15. 16.
合計= 17 20 24 24
平均点= 4.25
順位=

(教員2)

感覚要因 逃避要求 注目要求 物や活動の要求
1. 2. 3. 4.
5. 6. 7. 8.
9. 10. 11. 12.
13. 14. 15. 16.
合計= 19 16 21 18
平均点= 4.75 5.25 4.5
順位=

 

ワークシート3:(行動問題の特徴)

気になる 独り言 という行動について以下の質問項目にお答えください。特に何らかの傾向がなかったり回答することが難しい場合は無記入でもかまいません。

1. その行動はいつ起こることが多いですか? 常時
2. その行動はどこで起こることが多いですか? 教室、トイレ、どこでも
3. その行動は誰に対して、あるいは誰と一緒のときにおこることが多いですか? 誰でも起こる
4. その行動は何歳くらいから始まっていますか? 高等部1年後半から
5. その行動はどのくらいの頻度で起こりますか? (たとえば、1日に2,3回、1時間に1,2回、1週間に1,2回など) 常時
6. その行動はどのくらいの強さで起こりますか? (たとえば、隣の部屋に聞こえるくらいの声、叩いたところが青くなるくらいの強さなど) 隣の校舎、隣のクラス
7. その行動が起こっている様子を具体的にご記入ください(「他害」というのではなく、頭を自分のこぶしで叩くなど) 表情は様々であるが、口の両端に泡が出るほど、話している。高音、低音と様々であるが、大体が高音。
8. その行動に対して、どのように対応しますか? 該当することに○をしてください ○放っておく・要求しているものを渡す・○好きなことをやらせる・○その場から離す・○注意する・○クールダウンのための手続きをとる(具体的にはリラックス体操、リフレッシュ体操、音楽を聴く )・その他(      )
9. その行動は上記の方法で収束しますか? クールダウン時は落ち着くが、クールダウンが終われば常時、起こってしまう
10. その行動はどのくらいの時間続きますか? 常時
11. その行動と関連していると思われる項目があれば、○をして具体的に記入してください。 体調( 鼻炎?            )
疲労(                 )
服薬(                 )
音( 会話             )
睡眠( くまがある          )
食事(4月~6月はよく食べる。6月中旬~9月下旬は殆ど食べない。9月下旬からよく食べる。)
集団の大きさ(             )
指導形態など(             )
12. お子さんが特に興味や関心の高いことは何ですか?また、こだわりはありますか? 7月頃からこだわりが強くなったように感じる。母の予定やお弁当の中身等が気になる。
13. お子さんが苦手なことや嫌いなことはどんなことですか? おばあちゃん、病院
14. お子さんの主となるコミュニケーション手段は何ですか? 言語
15. 左記の項目において、お子さんの好きなことがあれば、具体的にご記入ください。 遊び( 歌                )
キャラクター(             )
歌手( 沖縄の歌          )
食べ物(  ミニトマト       )
趣味( 音楽を聴く、歌う        )
遊び (                )
その他(                )
16. お子さんが人とのかかわりで喜ぶことはどんなことがありますか?先の項目において該当することがあれば具体的にご記入ください 拍手・頭なで・ハイタッチ・握手・くすぐりなど
遊び(                 )
賞賛(                 )
お手伝い(仕事を頼むと喜ぶ       )
儀式的なやり取り(           )
お出かけ( 留守番を求めることもある  )
お小遣い (              )
その他(                )

 

ワークシート6:(FAOF)

ワークシート8:(頭の中のアセスメント)

ワークシート9(ABC分析)

きっかけ 行動 対応および結果
活動中 独り言 ・無視をする 


本児としては
・独り言を続けられる

(周囲への影響や本児の活動遂行に支障をきたす場合) 対応および結果
・注意をする 


本児としては
・注目してもらえる
・(一時中断後) 独り言を続けられる

 

本児の独り言という行動の機能は、主にしゃべるという感覚刺激の獲得と、ときに注目要求の機能をもって維持されていると考えられる。そして、特定の場においては独り言を抑えることができるということから、自分で行動をコントロールする力があることが推測される。それらのことから、独り言の生起する頻度をできるだけ減少させる支援として、活動の遂行に必要となる言動を行わせることで独り言を言わない時間をもつことができるのではないか。また、注目要求の機能に対しては、他者と関わりたいが話す内容がないという本児において、会話になる機能的な言語レパートリーを増やすことで適切な行動に置き換えていくことができると考えられる。

 

支援の方針

○感覚刺激を獲得するための対立行動として、そのとき従事している活動に関することを喋るようにする。

○他者からの注目を獲得するための望ましい行動として、他者に話しかけるための言語レパートリーを増やす。また、他者からの質問に答える行動を強化し、言語をコミュニケーションにおいて機能的に使用する機会を増やす。

○独り言を言ってはいけない場面を、先生の毎回決まった声かけによって弁別し、口を閉じる(静かにする)行動が自発するようにする。

1. コミュニケーションに使用できる言語レパートリーを増やす。
2. 活動遂行時は、活動の内容に関する言葉を発する。
3. 他者からの質問に応答する。(+αの支援)
4. STがつける特定の場面で、口を閉じてMTの話をきく。

 

1に対するアプローチ

【教材1:おはなしノート】を活用する。【教材1:おはなしノート】は、本児が大好きなO先生に話しかけるための言葉のリストである。本児がリストにある言葉で話しかけると、O先生が答えてくれて、会話をする機会を得ることができる。さらにO先生がそれぞれの言葉の横にある空欄に○をつけてくれるというものである。一日の間に、リスト上のすべての言葉で話しかけ、○がそろうと、大好きな歌を歌う等の好きなことができる。

きっかけ 行動 対応および結果
O先生がいる 言葉リストの中から、O先生に話しかける ・O先生がSさんの話しかけに応じた後、ノートに○をつける 

・○がたまったら、好きなことができる機会を与える


本児としては

・先生に褒められ、注目を得ることができる

・好きなことができる

行動 対応および結果
独り言 ・O先生は対応しない 


本児としては

・Ò先生の注目は得られない

 

 

2に対するアプローチ

主に作業学習の場面である。本児はリサイクル班で、容器Aから空き缶を取り、貼ってあるポイントシールを剥し、容器にBに移しかえるという仕事を担当している。そこで、空き缶の個数を数えながら、シールを剥して、容器Aが空になったら何個の缶のチェックが終わったかを数えて、【教材2:作業シート】に記録し、担当の先生に渡して報告をする。担当の先生は、【教材3:作業おわりましたカード】に報告された個数を記入していく。担当の先生は作業学習が終わるときに、【教材3:作業おわりましたカード】の達成状況に応じて、その隣の欄のコメントを連絡帳に書く。この手順に慣れたら空き缶の数だけでなく、何枚のシールがあったかをシールシートを活用して数えて記録することを加える。

きっかけ 行動 対応および結果
作業学習での取組 空き缶を数えて、【作業シート】に記入し、先生に渡して報告する ・「すばらしい」と褒め、【作業おわりましたカード】に報告された個数を記入する 

・作業が終了したら、達成状況に応じて、連絡帳に評価を書く


本児としては

・褒められて、個数を記入してもらえる

・連絡帳によいコメントを書いてもらえる

行動 対応および結果
独り言 ・独り言には対応をしないが、個数を忘れてしまっている場合は再度数えるように促す 


本児としては

・空き缶の個数を数えることができなくなり、数え直さなけれければならない

 

【作業の様子】

 

 

3に対するアプローチ

毎日、担任の先生はSさんが答えられる質問をする。このとき、本児がすぐに答えられなかった場合は、答えるまで待ったり、選択肢を出して答えやすくしたりし、必ず本児が応答して終わるようにする。

きっかけ 行動 対応および結果
担任の先生が質問する 質問に答える ・「そうか、わかった」等と答え、質問を終了する 


本児としては

・自分の答えが伝わる

・先生が自分に質問している状態が終わる

行動 対応および結果
独り言 ・本児の注意をこちらに向けて、再度質問を繰り返す 

・状況に応じて、待ったり、選択肢を設けたりする


本児としては

・自分が答えるまで、先生が質問

をやめない

 

4に対するアプローチ

STがつける場面(例:現在の体育)で、MTが全体に話をしているときには、STが本児の隣について「今は〇〇先生の話を聞くところです。口を閉じます。」と伝え、本児に口を閉じるように促し、指折りしてカウントし、視覚的に『どのくらいの時間閉じていればよいか』を示す。(口を閉じて、Tが指でカウントする指導はすでに行っており、学習済み。)その際に、【教材4:口閉じカウント表】のようなものをSTが持ち歩き、すぐに使用できるとよいと思われる。カウント表が〇でたまったら、Tと散歩することができる等のお楽しみをつけるようにする。

それができるようになったら徐々に、カウント表やSTの指折りを外したり、適応できそうな場面を広げて実施したりしていき「今は〇〇先生の話を聞く・・・」という指示のみで、口を閉じて話を聞くことができるようにしていく。

きっかけ 行動 対応および結果
MTが話している 口を閉じる ・カウント表に〇をつける 


本児としては

・〇がもらえる

・楽しいことができる機会に近づける

行動 対応および結果
独り言 ・口を閉じるように促す 


本児としては

・STに口を閉じるように言われ続ける

 

 

ポイント

本児の独り言は、ほぼ自分に対する否定的な内容のものであった。また、他者から褒められるということに対して、嬉しそうな表情を見せるということがこれまでほとんどなかった。そのため、標的行動「独り言」が生起した場合に、独り言を言わないようにと規制する抑圧的な指導や、「独り言を言ってしまった」という事実に着目するような指導だけでは、本児の自己への肯定的な感情をさらに失わせることになると考え、よい言語行動を増やすということを中心に計画を作成した。

 

 

ちえちゃん